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最高裁判所第一小法廷 昭和30年(オ)95号 判決 1956年10月04日

上告人 白鳥恵心

被上告人 増田あくり

主文

原判決中遺言無効確認の請求に関する部分を破棄する。

第一審判決中右請求に関する部分を取消し、被上告人の該請求につき訴を却下する。

抹消登記手続の請求につき本件上告を棄却する。

訴訟の総費用は一〇分し、その一を被上告人の負担としその九を上告人の負担とする。

理由

職権をもつて按ずるに、確認の訴は原則として法律関係の存否を目的とするものに限り許されるのであつて、事実関係については訴訟法上特に認められた「法律関係ヲ証スル書面ノ真否ヲ確定スル為ニ」する場合(民訴二二五条)の外はこれを提起することはできない。それは法令を適用することによつて解決し得べき法律上の争訟について裁判をなし以て法の権威を維持しようとする司法の本質に由来する。すなわち法律関係の存否は法令を適用することによつて判断し得るところであるに反し、事実関係の存否は経験則の適用によつて確定されるのであり、経験則の確認、これが正当な適用というようなことは司法本来の使命とは直接的関係はなく法令適用の前提問題たるに過ぎないからである。そしてまたその法律関係についてもただ現在時における存否のみがこの訴の対象として許されるのであつて、ある過去の時点におけるその存否、若くは将来時におけるその成否というようなことは確認の対象とすることは許されない。民事訴訟法は現在の法律関係の確認を許すだけでこの種の訴を認めた立法目的を達成するに必要にして十分であるとしたものと解せられる。けだし、過去の法律関係の存否は、たとえそれが現在の法律関係の存否に影響を来たすべき場合においても、それは単に前提問題としての意義を有するに止まり、当該現在の法律関係の存否につき確認の訴を認める外、かかる過去の法律関係の存否についてまでこの種の訴を認める必要はないのであり、また将来の法律関係なるものは法律関係としては現在せず従つてこれに関して法律上の争訟はあり得ないのであつて、仮りにある法律関係が将来成立するか否かについて現に法律上疑問があり将来争訟の起り得る可能性があるような場合においても、かかる争訟の発生は常に必ずしも確実ではなく、しかも争訟発生前予めこれに備えて未発生の法律関係に関して抽象的に法律問題を解決するというが如き意味で確認の訴を認容すべきいわれはなく、むしろ現実に争訟の発生するを待つて現在の法律関係の存否につき確認の訴を提起し得るものとすれば足ると解せられるからである。この事は現存する給付請求権について、それが条件附又は期限付であるとき、「予メ其ノ請求ヲ為ス必要アル場合ニ限リ」将来の給付の訴を提起し得るものとした民訴二二六条の規定の存在することに徴しても容易に理解し得るところであろう。

本件において、遺言の無効確認を求める請求の原因の要旨は、被上告人は昭和二六年一一月二一日東京法務局所属公証人青山春斎作成第一八六九一四号公正証書により遺言者を被上告人、受遺者を上告人、遺言執行者を円山主計、証人を円山主計及び白鳥貞市として本件係争建物を上告人に遺贈する旨の遺言をしたが、昭和二七年九月二四日同公証人作成第二〇二四二六号公正証書により遺言者を被上告人、遺言執行者を須永栄太郎、証人を同人及び桜井安雄として前記遺贈を取消したので、該遺言の無効確認を求めるというのである。(記録によれば、被上告人主張のとおりに遺贈がなされ、そしてそれが取消されたことは、本訴当事者間に争はないのである。本件では遺言無効確認請求の外、上告人が昭和二七年七月一〇日係争建物につきなした所有権取得登記の抹消登記手続を求める請求が併合されているけれど、右所有権の取得登記は前示遺贈をその登記原因とするものでないことは勿論である。)そしてその請求の趣旨は、これを字義通りに理解するならば遺贈なる法律行為の無効なることの確認を求めるものの如くであるが、法律行為はその法律効果として発生する法律関係に対しては法律要件を構成する前提事実に外ならないのであつて法律関係そのものではない。ある法律行為が有効であるか無効であるかということは、もとより法律判断を包含してはいるけれども、かかる事項を確認の訴の対象とすることの許されないことは前段説示するところにより明瞭であろう。まだその訴旨を本件遺贈による法律効果としての法律関係の不存在の確認を訴求するものと理解しても、なおこの訴は不適法たるを免れない。元来遺贈は死因行為であり遺言者の死亡によりはじめてその効果を発生するものであつて、その生前においては何等法律関係を発生せしめることはない。それは遺言が人の最終意思行為であることの本質にも相応するものであり、遺言者は何時にても既になした遺言を任意取消し得るのである。従つて一旦遺贈がなされたとしても、遺言者の生存中は受遺者においては何等の権利をも取得しない。すなわちこの場合受遺者は将来遺贈の目的物たる権利を取得することの期待権すら持つてはいないのである。それ故本件確認の訴は現在の法律関係の存否をその対象とするものではなく、将来被上告人が死亡した場合において発生するか否かが問題となり得る本件遺贈に基ずく法律関係の不存在の確定を求めるに帰着する。しかし現在においていまだ発生していない法律関係のある将来時における不成立ないし不存在の確認を求めるというような訴が、訴訟上許されないものであることは前説示のとおりであつて、本件確認の訴はその主張するところ自体において不適法として却下せざるを得ない。

それ故、第一審裁判所が本件確認の訴を適法と認め本案につきその請求を認容したのは失当であり、原審は須らく第一審判決を取消し訴却下の裁判をなすべきであつたにも拘わらず、第一審と同一見地に立つて該判決を維持し上告人のなした控訴を棄却したのは失当でありこの点に関する限り原判決は破棄を免れない。しかも事件につき裁判をなすに熟すること勿論であるから、第一審判決をも取消し訴却下の裁判をしなければならない。

上告理由(イ)によるまでもなく、本件確認の訴が不適法なことは職権調査による前説示により明白である。同(ロ)(ハ)は、原審の裁量に属する証拠の採否及び事実認定を非難するに帰し、そして原審の判断は、その挙示の証拠に徴し、当審においてもこれを是認することができる。それ故、これらの所論は採るを得ない。

よつて民訴四〇八条、九五条、九六条、九二条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 入江俊郎 裁判官 真野毅 裁判官 斎藤悠輔)

○昭和三〇年(オ)第九五号

上告人 白鳥恵心

被上告人 増田あくり

上告代理人時田至の上告理由

被上告人は本訴の請求原因として原告は老令であるところより被告は原告の老後を扶養するから遺言書を作成して呉れと申出でたので昭和二十六年十一月二十一日公証人青山春斎をして遺言公正証書を作成したものであるが公正証書が作成さるる哉被告は態度を一変して原告が老令なるにも拘らず女中以上の酷使を為し病気併発するも治療看護を拒絶して依つて以て原告の死期を早めさせたから原告は昭和二十七年九月二十四日先の遺言を取消したのに原告の不知の間に被告の為めに売買による所有権の移転登記がなされてあるから遺言の無効確認並に所有権の移転登記の抹消登記を求めるとした原審は右原告の請求全部を認容したが原判決は審理不尽、事実誤認等の不法があつて其の誤認は判決の基礎に重大なる影響がある。即ち

(イ) 上告人(被告)は原審において被上告人が公証人青山春齊をして昭和二十六年十一月二十一日為した遺言公正証書を昭和二十七年九月二十四日に至り取消した事実を認め争はぬのに原審は右取消による無効確認の事実を認めて確認の判決をしたが被上告人には此の場合、確認を求むる利益はなく当事者間に争ひの無いものに対して尚ほ且つ確認判決をなしたのは不法である。

(ロ) 乙第二号証(委任状)は被上告人の先代増田藤吉より被上告人に対してなした相続登記の際に差出したものであつて昭和二十七年七月六日作成されたものではないと原審は認定されたが被上告人の先代藤吉が死亡したのは昭和二十年一月二十九日であつて同日被上告人は同人の家督を相続したが昭和二十六年十月二十四日に至り右先代より被上告人に相続登記をなしたものであるが右相続登記の時は被上告人本人が自ら登記所に到り登記申請をなしたものであるから委任状の必要は毫末もない訳であるのに不拘、上告人は其の頃年月日其他委任事項を記入せず交付を受けたものであるとの御認定なるが右は余りにも実験則に反するのみならず又右認定を肯定するが如き証拠材料はないのに原審の独想により証拠によらず判断したるは不法である。

(ハ) 上告人は被上告人から昭和二十六年十月二十一日不動産の贈与を受け昭和二十七年七月十日其の登記をなしたものである。従つて被上告人が昭和二十七年九月二十四日に至り遺言を取消したとしても既に履行を受け終つたものに対しては何等の影響はない。

本件の訴訟は被上告人の真意から提起されたものではない。上告人は被上告人をして人類愛を以て面倒を見てやろうとした。上告人は一寺の女僧であつて老いて寄る辺もない被上告人を終身御世話してやろうとして三ヶ年以上も起居を共にして面倒を見た。上告人は未だ嘗て被上告人を虐待したり酷使したり等決してせぬ。其の事は近隣の人の良く知るところである。遺言書を作つたり建物の登記名義を書替へたり等したことは被上告人の真意から出て被上告人が進んでやつたものである。又昭和二十七年七月十日目的物件につき売買による所有権の移転の登記手続をしたが事実は贈与による所有権の移転登記である。右は登録税等の関係から当時司法書士の勧めで売買名義を用ひたに過ぎないのに不拘右に反するが如き事実認定を為し敢て被上告人の請求を認容したことは証拠によらず裁判を為したものであつて不法である。 以上

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